研究期間:1996年4月〜1997年3月 |
研究概要
性ホルモンが脳の発生,機能の発揮に及ぼす作用について, 遺伝子から行動に至る以下の5チームが研究を進めている. (1) 神経細胞の生存や死滅を通じて脳の形態形成や神経細胞死を調節するエストロゲン受容体の発現制御を遺伝子レベルで分子生物学的に明らかにする. (2) 視床下部の黄体形成ホルモン放出ホルモン(GnRH)産生ニューロンやエストロゲン受容体陽性ニューロンを対象として, 遺伝子の発現やタンパクヘの転写を手がかりに脳の形態形成, 個体発生と性ホルモンによる制御をおもに形態学的に調べる. (3) パッチクランプと細胞内カルシウムイオン濃度の測定により, GnRHを始めとする活性ペプチドが下垂体前葉細胞や視床下部ニューロンの各種のイオンチャネルにおよぼす作用とその機序を明らかにする. (4) 無麻酔無拘束動物において, 視床下部ニューロンの活動を記録し, 情動行動の基礎となる脳内神経回路を行動学的, 神経生理学的手法により明らかにする. (5) 性ホルモンに依存する雌雄ラットの生殖行動を調節する神経回路と性ホルモンの作用機序を脳内特定部位の破壊, 刺激やc-Fos発現により解明する. 本年度は以下の目録に明らかなように, 当講座独自の研究がようやく目立つようになると同時に, 幾つかの共同研究が実を結び始めた. また, 新たな研究提携も国内外の複数の大学や企業を相手に発足した. 論文の公刊は研究者の責務であり, 個々の研究者の日常の研究業績は, 教育者として学生, 大学院生に対する教育の質にも反映されると考えている. 今後多チームが毎年少なくとも2編の原著を一流誌に発表することを目標としたい.
研究委員長の立場で始めてこの研究業績年報のあとがきを書くことになった.島田教授が委員長を務められた過去3年間に総論文数はめざましい増加を示した.本年,総論文数はやや減少したが,英文による論文数は依然着実に延びており,絶対数が一割増加し全体の23%を占める結果となったことは,本学の研究成果が世界に向かって発信される点で着実な前進といえよう.もとより研究活動は論文の数だけで評価されるべきものではないが,数量化が容易なこともあって各種統計の基礎に用いられることが多い.今後,英文で刊行された論文についても,掲載雑誌の質や被引用回数などさらに綿密な評価が行われることとなろう.
本誌のような大学単位の業績集は,これまで過去一年を振り返る自己点検・自己評価の一方法ととらえられてきたが,国の研究費の配分でも業績・公刊の成果を最近やかましく言うようになっている今日,外部の評価に対してアピールする側面を強調して行く必要があることが,私立医科大学協会の研究体制委員会でも提起されている.この点,外部のデータベースに掲載される本学の業績はMedlineでは1993年以来1049件,学術情報センターのEMBASEでは約800件となっており,東京慈恵会医科大学を僅かにしのぐが慶応大学医学部の6割に留まる数字で,小成に安んじることなく一層の努力が必要である.学会発表についてみると昨年の3679件が本年は3887件と一割以上の増加を示した.学会発表は日常的な研究活動をより密接に反映し,次年度以降の論文の素材となって行くものであるから,明年はさらに論文数が伸びることが期待される.
最後に各領域についてみると,本年は基礎医学分野の活動が昨年と同程度か若干下回ったように思われる.本学の研究環境が人的にも経費の面でも恵まれた条件にあることは,地方国立医大から転任してきた小職が実感しているところで,基礎医学の一員として,この環境をまもり,維持発展を図るため一層の努力が必要であると自戒している.平成9年12月
研究委員会委員長
佐久間康夫